ハーバーマス『近代の哲学的ディスクルス』におけるニーチェ批判とアドルノ批判

Habermas's Critique of Nietzsche and of Adorno in The Philosophical Discourse of Modernity

First published Tue Sep 2 23:16:13 2014 +0900 ; substantive revision Tue Oct 14 02:27:19 2014 +0900 ; Authored by nolze (submitted for "Comparative Philosophy", University of Tokyo, 2014)

Tags : 理性 近代 ポストモダン 芸術 ハーバーマス ニーチェ アドルノ

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1. 近代(モデルネ)の背景

 『近代の哲学的ディスクルス』におけるハーバーマスの議論は、西欧に特有の展開としてM・ヴェーバーにより提起された「近代」の概念が、近代社会の展開という側面の理解から、1950年代以降の近代化論を通じて進化論的に一般化されたことから出発する。これによって近代という概念は「ヨーロッパにおける歴史的近代の起源とは切り離され、社会的発展過程一般に対して時間的空間的に中立なパターンとして用いることができるように形式化された」 (3, pp.4-5) のである。

 この「近代」概念が西欧的合理主義に別れを告げたことで、ここに文化的モデルネの終焉を目する立場からは「近代」の自己理解が成立してきた地平を過去のものとするポストモダン理論が展開している。これに対して、ハーバーマスは反省哲学に遡る「近代」の自己理解の議論を確認することで、「自分たちの分析を別箇の前提のもとにおいている」 (ibid. p.7) ポストモダン理論の根ざすところを明らかにしつつ、「近代」の一般化以降の言説に至るまでの系譜に対する批判を展開する。

 まずハーバーマスは、モデルネの明快な概念を最初に展開した哲学者であるヘーゲルに立ち戻る。そもそも「近代」は「もっとも新しい時代」なのであり、そのような時代は、過去に対する断絶を「絶えることのない更新として繰り返し遂行していかなければならない」 (11) 現在である。それゆえに「近代」は自己の根拠づけを自己自身に求めなくてはならない。このことが「近代」に課せられている自己理解の問題、つまり「近代がいかにすればみずからの根拠を確定することができるかという、近代の自己確定の問題」 (50) であり、「近代」の自律性ゆえの「モデルネが自己自身からの根拠づけを行わなければならぬという問題」 (12) である。美学批評の領域における18世紀初頭の「新旧論争」は、美の基準を規範としての古代に対して相対化する形で彼らの「新たな時代」を考えることでこの問題をはじめに意識化させており、「近代」概念の意味はこのようなアヴァンギャルド芸術の自己理解を核としているのである。

 そして、ヘーゲルによる「近代の自己確定の問題」についての取り組みのなかで、近代が自己自身にもつ唯一の規範の源泉である主観性の原理は、自己意識という根本事実に出発点をとることで概念にまで高められる。こうして、近代の「自己自身からの根拠づけ」の問題は、近代を形成する、理性による「啓蒙」の問題へと転換する。

 ヘーゲル以降「近代の自己確定の問題」を論じる立場は、ヘーゲルによる取り組みの継承のパースペクティヴによって3つの陣営に分類される。ひとつはアドルノの属するヘーゲル左派であり、この一派は「近代」に関するディスクルスを啓蒙の思考様式を維持しつつもヘーゲル的な理性概念の限界から独立させることによって、3つの陣営が与するこのディスクルスの立役者であるところの青年ヘーゲル派の継続である。これを批判するのはヘーゲル右派であり、彼らはヘーゲルの限界を受け入れて、国家と宗教の補償によって合理化の維持を図る。近代化論以降の近代では、彼らは自走する近代化を文化的モデルネの終わりとみなすのである。この2陣営に対して、ニーチェは、ヘーゲルの依拠した啓蒙のプログラムを離脱する。その啓蒙の弁証法を破棄することで、ニーチェは理性批判のアナーキズムを生み出した。

 どの立場も、克服しようとするのは理性の実証主義である。アドルノによる、ニーチェによる、そして「ポストモダン」的な後継者たちによる近代批判はみな、理性が主観性の原理に根拠を置くことに向けられている (91) 。ハーバーマスはその内容を次のように表現している―「[彼らの主張は、主観性の原理に根拠を置く理性は、]抑圧や搾取が、また屈辱や疎外があからさまな形態を取った場合にそれらを告発し、掘り崩そうとするが、じつはそのことを通じて、そうしたあからさまな支配形態のかわりに、もっと攻撃しにくい形で合理性そのものの支配を導入しようとしているだけだ、というものである。」 (91)

2. モデルネ批判のハーバーマスによる概要

2. 1. ニーチェ

 ニーチェは当初、ヘーゲル左派と同じく近代的な時間意識をもってして、ヘーゲル右派の新保守主義者たちの補償理論に対抗する。ニーチェによれば、「歴史の知識を詰め込まれすぎた近代的意識は「生の造形力」を失ってしまった」 (148) のである。近代的な時間意識を徹底させることで、歴史主義的な啓蒙を、それ自身の「歴史的理性」―「啓蒙の弁証法の思考様式」 (149) によって批判するニーチェは、それを乗り越えるために啓蒙のプログラムを全面的に破棄する。モデルネの内実としての理性をも批判することで破綻した啓蒙を導くこれに代わって、ニーチェは理性の他者としての、そして根源としての神話を、美的モデルネに依拠しつつ希望するのである。

 この神話—<新しき神話>という理念自体はロマン派にすでに表れているのであるが、ニーチェによるモデルネの理性的内実の放棄は、新しき神話というプログラムを変更する。ニーチェの<新しき神話>のポエジーは、「理性にとっての完全な他者」 (162) であるような主観性の自己暴露の経験の喚起である。しかしこれは「モデルネからの遁走」を提示しながらも「モデルネの最先端の芸術」に結びついているという矛盾を抱えている。この矛盾を「ごまかす」ためにニーチェは「すべての存在するものを、そして存在すべきものとしての当為を」美的な次元に還元する (163-164) 。この美的現象としての世界において、意味創造を果たす能力を核心とする原理が<力への意志>である。ニーチェは、妥当性請求に<力への意志>の現れである権力要求が隠されて主観精神的な理性による支配を引き起こしている倒錯した事態を打破し、「趣味」を理性に対抗する批判的能力に高める。この趣味判断の基準を与えるのが、根源を志向する<力の理論>である。

2. 2. アドルノとホルクハイマー

 ホルクハイマーと共同する『啓蒙の弁証法』において、アドルノは啓蒙と神話の共犯関係を暴こうとする。「ヘーゲル以後に啓蒙の弁証法を認識した数少ない一人であった」ニーチェはホメーロスに市民的啓蒙を洞察したのであるが、彼らはホメーロスの素材にもなお「神話が沈殿している」 (190) ことを指摘し、『オデッセイ』の解釈によってこの主観性の根源的歴史を読み解く。

 アドルノとホルクハイマーによれば、ニーチェの啓蒙に対する態度は肯定と否定とに分裂しているのであり、実際のところ啓蒙のプロセスは自己保存の動因によって生じる。このプロセスは、理性を道具的理性としてのみ使おうとするために、「理性はみずからが可能にした人間性<フマニテート>をまたみずから破壊してしまう」 (195) のであると彼らは考える。

 『啓蒙の弁証法』はこれに加えて、この道具的理性という主体−客体関係における権力を全面的に読み取ることで、「理性がそのもっともおそい産物に至るまで、つまり、近代的学問、普遍主義的な法と道徳の観念、自律的芸術に至るまでも、目的合理性の傘下にとどまり、その命ずるがままに動いている」 (195) ことも証明しようとする。

3. モデルネ批判のハーバーマスによる比較

 ハーバーマスは、アドルノの(『啓蒙の弁証法』における)理性批判と、ニーチェの理性批判を、「啓蒙の第二の反省化」として位置づける。「啓蒙の第一の反省化」―つまり、あくまで理性的世界における理論に対する批判としてイデオロギー批判が遂行されている反省の状況が転回的に乗り越えられて、「このイデオロギー批判自身に、(もはや)真理を産出しえないのではないかという疑惑が向けられ」る状況が「啓蒙の第二の反省化」であり、そこではイデオロギー批判の自己批判が理性批判に転じるのであるが、それはイデオロギー批判が「もろもろの市民的理想の中に理性の基準を見出し、それを額面通り受け取っていただけだからである」 (204) 。

 『啓蒙の弁証法』における理性批判とニーチェの理性批判は、前者が後者の影響を受けるという形で関連している。この影響について、ハーバーマスは、『啓蒙の弁証法』の取る「ニーチェに対する二義的 1 な態度」 (211) を指摘する。一方では、『啓蒙の弁証法』はニーチェに同調している。それは「批判を、批判自身の基盤に対しても自立させている」 (203) イデオロギー批判の全面化という試みであり、またその全面化の基調をなしている<黒さ>—理性に対する絶望—である。他方では、『啓蒙の弁証法』における自己批判はニーチェが取らなかった手段によって遂行されているのである。ニーチェはイデオロギー批判を乗り越えるにあたって理性をも放棄したのであるが、アドルノとホルクハイマーは矛盾を保ち続ける (222) ことで理性による理性批判を継続する。

 上述の通り『啓蒙の弁証法』はある面ではニーチェを手本としている。イデオロギー批判の全面化という試み自体がその最たるものであり、『啓蒙の弁証法』でアドルノとホルクハイマーはニーチェの示した「支配と理性の一致という冷酷な考え」をイデオロギー批判の―理性の自己批判を全面化させるきっかけとして支持している。 (210) 「ニーチェはその『道徳の系譜』によって、啓蒙の反省化のこの第二段階 (das zweite Reflexivwerden der Aufklärung) にとって大きなお手本を提示している」 (209) のである。

 こうした全面化したイデオロギー批判を遂行するうえで、ニーチェにしても(『啓蒙の弁証法』における)アドルノにしても避けることができないのは「一切の理性的基準が退廃したという説明をするためには、やはりなんらかのひとつの基準は無傷のままに取っておかねばならない」 (220) という困難である。

 批判の全面化という点でアドルノがニーチェに範を取ったことで一致している一方、この共通の困難の帰結に対して、アドルノはニーチェと戦略を異にしているのである。ニーチェが選択したのは、啓蒙に固有の手段―つまり啓蒙の弁証法であるが―を破棄して、新たな理論—<力の理論>を打ち立てるやり方である。ニーチェは当初「支配と理性の一致」を暴露するうえで「啓蒙の弁証法の思考様式」を用いてそこに到達しているのであるが、そこに至るとこの思考様式—「歴史的理性という梯子」 (149) を捨て去る。

 一方でアドルノは、ホルクハイマーとともに、あくまで『啓蒙の弁証法』を固持する。アドルノは、『啓蒙の弁証法』においてホルクハイマーとともに「イデオロギー批判が自己自身をも乗り越えていくさいのさきに触れた遂行的矛盾を矛盾として保ち続け、…その矛盾を理論的に克服しようとはもはやしないいき方を取る」 (222) だけでなく、このヘーゲル以来の<部分否定>を『否定弁証法』に結実させる。

 『啓蒙の弁証法』においては、批判の全面化における模倣と全面化した批判の方法における決別こそが「ニーチェに対する二義的[両義的]な態度」なのであるが、ハーバーマスはアドルノとホルクハイマーが「依然として啓蒙家であり続けながら」、つまり『啓蒙の弁証法』が立論の仕方に関して啓蒙に留まることを選択しつつも、これが<黒い>―理性を絶望視する―本であることの理由を、つまり、「マルクス的タイプ」の批判に見られる建設的思考を放棄し「なぜに文化的モデルネの理性的内実をあれほどまでに低く評価し、あらゆるところに理性と支配の、そして、権力と妥当性の癒着をのみ見るに至った」理由を探り、ここで改めて『啓蒙の弁証法』に受け継がれているニーチェの影響を指摘する。 (211)

 ひとつには、この<西洋の合理主義>の成果に対する扱いの「荒っぽさ」 (211) は、ホルクハイマーとアドルノが「主観性の根源的歴史」を考える上で用いた思考の組み立てに見られるニーチェとの一対一とも言える対応関係に表れている。そしてまた、ニーチェの認識批判や道徳批判も、ホルクハイマーとアドルノが道具的理性の批判という形で展開した思想を先取りしている。

 ハーバーマスは、ニーチェやアドルノがこれらの批判に関して、「文化批判の基準を、美的モデルネの基本経験をだけを切り離し自走させるなかから得た」 (211) のかという問いを立てて、両者の批判と美的モデルネの関係性、そして彼らが行なった美的モデルネの内的な断絶に注目する。結局のところ、この「荒っぽさ」はどちらの方法においても行き詰まりの要因になっている。この結果のために、ニーチェとアドルノ(ホルクハイマー)の比較は「啓蒙自身がさらに自分自身に対しても反省的になることに関して疑いの念を引き起こしてくれる」 (188) 。というのは、ホルクハイマーとアドルノは「理性への懐疑そのものをもう一度疑ってかかるための理由を考え抜くかわりに、歯止めのない理性不信へと身をやつしてしまった」 (225) のである。

 この問いに対するハーバーマスの答えは肯定であり、彼は「荒っぽさ」の根源である彼らの美的経験の地平についての類似―「ニーチェと同じ高揚した、研ぎすまされた感性によって、そして同じに狭隘化した視野のなかで見ていたのではないか」 (224) ということ―を結論する。

 それはニーチェにおいては、美的経験における理性の契機を不当に断ち切って様式化し、非合理的なものである「価値評価」の基準を作り出して、あたかもそれが自律的であるかのように<力の理論>を組み立てるのである。

 アドルノにおいては、美的経験の地平は晩年の彼の哲学によって裏付けられる。『啓蒙の弁証法』において、彼は理性を道具的理性としてしかとらえずに全面的批判に突き進んでいった結果、理性だけではその批判を完遂できなくなってしまった。つまり、批判は汚点を告発するのであるが、そこからの脱出は果たされないのである。

 それゆえに理性の対蹠物としてのミメーシスが『啓蒙の弁証法』では持ち出されるのであるが、彼らの「主体−客体関係に合わせて作られてしかいない」概念システムは「主体が外部の自然および内部の自然を利用しうるために諸概念の枠から出ていない」ために、そもそも「客体化された自然が、主体からいかなる仕打ちを受けてきたかを語り出すための言葉を与えることはできない」のである。 (111)

 「そして、私の見るところ、まさにこの逆戻りが起きているのである」 (220) とハーバーマスが診断するように、後年のアドルノは『美学理論』において、アヴァンギャルド芸術の意識に、つまり美的モデルネの心性に回帰し、そしてそれらを様式化することで、理性以外の場所に<ミメーシス的内容>の位置を求める。「アドルノが『否定弁証法』という道をとることによって試みたのは、そうした概念的言辞によっては描き出すことができないものをなんとか囲い込もうとすることであった。そして『美学理論』によって彼がしたのは、認識の能力が芸術に譲り渡されている事態を最終的に確認することであった」 (111) 。

 ハーバーマスは、美的モデルネにおける理性の契機を断絶することで文化批判の基準を得ようとすることについて、ニーチェとの比較において「そのやり方は、『啓蒙の弁証法』でこれら学問と道徳が道具的理性の具現であると告発されるのとよく似ている」 (233) と評する。

4. まとめ

 ハーバーマスが意識的に行なっているように、ニーチェとアドルノの比較は、理性批判としてのイデオロギー批判に対するハーバーマスの批判の根幹を成す。『近代の哲学的ディスクルス』では、ニーチェに対する批判、アドルノとホルクハイマーに対する批判に続いてニーチェの帰結した2つの潮流を組むアナーキズムの論者たちが論じられていくのであるが、それはニーチェ批判の成果とアドルノ批判の成果によって検証されつつ進むのである。

 ハーバーマスの批判のポイントは、モデルネという自己の基盤を否定して自ずから自己を批判することはできないという遂行的矛盾の看破に集約される。ニーチェ批判で示されるのは、理性概念の放棄による遂行的矛盾である。理性に代わるニーチェの判断の基準は、それに批判の基準として期待するような説得力をもつことができないことをハーバーマスは指摘する。アドルノ批判で示されるのは、理性概念の誤認による遂行的矛盾である。啓蒙のプログラムを破棄しなかったという点で、アドルノは確かにハーバーマスと軌を一にするのであるが、アドルノは世界像の脱中心化という啓蒙の結果に関して、分化した理性のシステムを考えずに、道具的理性のシステムを強引に展開してしまった。

 このポイントを中心に、ハーバーマスは、ニーチェとアドルノを比較しつつ、そこに至るまでにもモデルネに留まるチャンスが垣間見えることを示している。それが際立つのは、批判の全面化に伴って生じている「モデルネの平板化」である。ニーチェとアドルノに関しては、アヴァンギャルド芸術に対する態度に表れている。

 対抗案として自身の見解を提示しているのではあるが、それでもハーバーマスは決して、自説の正当性を主張することによってニーチェやアドルノを批判するのではない。批判自体は、あくまでそれぞれの理論の前提のうちで「内在する難点」を明らかにする形式によってなされている。その上での、自らの提起したこの疑いの念に対するハーバーマスの答えが対話的理性なのである。

  1. 両義的の誤訳か。英訳版 ambivalent

参考文献

  1. Jürgen Habermas. Philosophical-Political Profiles. Trans. Frederick G. Lawrence: MIT Press, 1985.
  2. Jürgen Habermas. The Philosophical Discourse of Modernity. Trans. Frederick G. Lawrence: MIT Press, 1990.
  3. J・ハーバーマス(三島憲一&木前利秋&轡田収&大貫敦子訳)『近代の哲学的ディスクルス』岩波書店、1990年。
  4. M・ホルクハイマー&T・アドルノ(徳永恂訳)『啓蒙の弁証法』岩波書店、2007年。
  5. F・ニーチェ(秋山英夫訳)『悲劇の誕生』岩波書店、1966年。