認識と芸術——カッシーラー

Epistemology and Art – Ernst Cassirer

First published Thu Aug 7 22:46:09 2014 +0900 ; substantive revision Fri Aug 8 00:22:42 2014 +0900 ; Authored by nolze (submitted for "Seminar in Philosophy", University of Tokyo, 2014)

Tags : 美学 芸術 認識論 エルンスト・カッシーラー

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 以下の小論は小田部胤久『西洋美学史』を補間する形で書かれているが、(言うまでもなく)内容が同書の水準にあることを保証するものではない。文中で参照される章は同書の各章である。
西洋美学史 (Amazon アソシエイト)

著者: 小田部 胤久
出版日: 2009-05-27
出版社/メーカー: 東京大学出版会

 バウムガルテンは認識を知性と(広義の)感性に区別し、感性的認識の学を美学とすることで、芸術的直観をわれわれの認識のうちにはじめて明確に位置づけた。感性的認識の学としての美学は美についての認識論的な主観主義を導き、バウムガルテンを「当時最大の形而上学者」として敬重したカントによって精緻化された。そしてカントの認識論を背景にもつカッシーラーの『象徴形式の哲学』における「認識の現象学」に至り、芸術の地位はこの系譜の上で人間の精神文化のひとつにまで高められることになる。

客観主義と主観主義

 芸術における美が認められるようになってから、芸術の認識論的な問題は特にその美の主観性と客観性に関連して議論されてきた。なお、美と芸術の関係は19世紀後半から再検討されるようになるが、ここで扱われるのはそれ以前の時代である(第11章参照)。

 プラトン以降18世紀に至るまで美あるいは芸術美を巡る論説の主流を占めたのは、古代ギリシア哲学の伝統を受け継ぐ、美についての客観主義である。プラトン自身は芸術を美(のイデア)の直観を妨げるものとして非難したが、プロティノス(205-270年)はプラトンが「美のイデア」を想定することで主張した美についての客観主義を継承する一方で、現実の世界(感性界)にあるものが美しいと言えるのは、それが完全な形相を実現することによって統一されているときである、とすることで芸術における美を認めた(第3章参照)。

 17世紀におけるライプニッツ(1646−1716年)による認識論の展開(第6章参照)は、美についての客観主義に認識論的な視座をもたらすことになった。ライプニッツの哲学を独自に解釈したヴォルフ(1679−1754年)は、感性は素材を理性に媒介する役割を担うもので、感覚された素材はあくまで理性の論理的規則の支配のもとで理解されると考えた。

 一方、ヴォルフのもとで学んだバウムガルテンは、ヴォルフ同様にライプニッツの認識論を援用しながらも、ヴォルフが独自の論理を認めなかった感性の規則に注目し、感性の否定的な見方に対する批判として美学を打ち立てた。その過程には、美を対象に帰属させるヴォルフ以前の客観主義的立場から、芸術を規定する美的直観を認識そのものに帰属させる主観主義的立場への転回が含まれている。『形而上学(1757年)』で表明されているのは、ヴォルフを継承した美についての客観主義的立場である。

現象者となった完全性、若しくは広義の趣味に観察可能な完全性が美である。 (Met. §662)

ここでは、認識において趣味の基体としての感性が美を理解する上で重要であることは言明されているものの、美自体の規定は依然として対象に属している。バウムガルテンが感性にそのものに独自の規範と完全性を認め、「まさにあるべき完全な感性的認識」について感性の規範を探究する認識の学を美学として成立させるのは1758年の『美学』においてである。

美学の目的は、感性的認識のそれとしての完全性である。然るにこの完全性とは美である。そして、それのそれとしての不完全性を避けねばならない。然るにこの不完全性とは醜である。 (Baumgarten [1750/58], §14)

 美における認識論的展開は、客観主義から主観主義への転換を可能にした。バウムガルテンとほぼ同時代に活動したヒュームの『趣味の基準について(1757年)』も、近世における美についての主観主義的立場を明確に打ち出している。ヒュームは、美の主観性について次のように述べている。

なぜならば、どの所感も、実際、その対象のうちにあるものを表していないからである。それはただ、その対象と諸器官や精神の諸能力との間の一定の一致や関係を表すにすぎない。したがってもし、その一致が実際に存在しなかったならば、その所感はおそらく存在しえないであろう。美は物自体のうちにある性質ではない。それは物を熟視する心のなかにのみ存在する。それぞれの心は異なる美を認識するのである。 (Hume [1757])

美についての主観主義的立場は古代ギリシアのソフィストたちにまで遡ることができるが、ヒュームは客観的性質としての美を否定することで美についての法則を否定したのではなく、主観における基準に美についての法則を求めたという点でソフィスト的な相対主義から一線を画する。

知覚における形式

 バウムガルテンの感性論的美学の枠組みとヒュームの美についての主観主義の両者を背景に、より精緻な認識論の体系に芸術美を位置づけたのはカントである。カントは、芸術美を認識するのは理性や悟性に対する感性の自律的働きであり、そして感性における趣味判断は完全に主観的なものであると考えた。カントは『判断力批判』において、美しいものについての趣味判断が「ある特殊な認識規則へと制約することがない」認識に依拠することを主張し、その趣味判断を理論的認識による通常の判断から区別するとともにその自律性を示している(第6章参照)。

 しかしながらここでは、この判断はただ「快不快の感情」に関係づけられるだけであった。カッシーラーは自律的な趣味判断について、趣味判断における認識が、産出的構想力をうけて理論的認識から独立した「精神の形態化の別の形式」をなすことを主張し、芸術をそのような形態化作用の形式、すなわち象徴形式のひとつとして位置づけた。

 そのような形態化作用が働くのは「あらゆる現実が関係している枠組み(framework)」である時間と空間においてである。形態化作用を可能にし、形式を決定づけるのは、これらの枠組みを存在概念ではなく秩序概念としてとらえることによる。

存在と秩序

 自著『実体概念と関数概念』以降、秩序概念の存在概念に対する優位はカッシーラーの体系の根幹をなす。カッシーラーは空間や時間を「存在」概念ではなく「秩序(Ordung)」概念ととらえる。秩序概念の表われについて、カッシーラーはライプニッツを参照する。彼がこの点について注目するのはバウムガルテンが『美学』において継承しているような「哲学者としての」ライプニッツの思想ではなく、しかし「論理学者、数学者としての」ライプニッツの思想である。あらゆる現実性を「モナドすなわち個体的実体の無限の多様性」に求めるライプニッツの哲学に対して、ライプニッツが構想した「普遍学」においては「秩序」がそれに代わる。

絶対空間と絶対時間というニュートンの概念から生じていた矛盾は、ライプニッツがこの両者を事物ではなく秩序とすることにより、取り除かれます。空間と時間は実体ではなく、「実在的な関係」なのです。それらはその真なる客観性を絶対的な現実性にではなく、「関係の真理」のうちに得ているのです。 (Cassirer [1931])

多様性の統一

 このような秩序の働きは認識における「多様性の統一」に他ならない。カッシーラーの認識論において、秩序を形成する原理は「多様性の統一」として与えられる。 ところで、「多様性の統一」という概念は、芸術美についていえば古くから注目されていた。 第3章にある通り、プロティノスは「多様性の統一」を対象に関して芸術美と結びつけて次のように論じている。

そこに、形相(eidos)がやってきて、多くの部分をあわせて一つにまとめ、秩序をあたえて完成した統一体とし、しかも各部分が一致調和するような仕方で一つにする……そして、このようにして統一されたものに美がやどり、その部分にも全体にも美しさをあたえる…… (I 6)

プロティノスが客観的対象において多様性の統一を美の根源とした(そして彼にとって美とはすなわち芸術であった)のに対して、カッシーラーは主観的認識において多様性の統一を芸術の中心的な理念とした。この点で多様性の統一もまた、芸術理論における客観から主観への転回を経験しているといえる。もっとも、「多様性の統一」という概念について、プロティノス以降の美についての客観主義的立場からは対象の芸術美に関して論じられてきた一方で、カッシーラーにとって知覚における多様性の統一はすべての象徴形式にいえることである。

 カッシーラーが多様性の統一を認識において解明するとき、それは芸術に限らず形態化作用の形式すべてに共通する本性である。カッシーラーは芸術が言語や科学と同じく一般的な規則による「凝縮化および集中化の行為」を含んでいる「多様性の統一」であることを認める。

我々は、感情的知覚に客観的な意味を与えるためには、それを分類し、一般的な概念および一般的な規則にあてはめなければならない。……芸術の仕事も右と同様に、このような凝縮化および集中化の行為を含んでいる。……この点において、真理と同様、美も同じクラシカルな公式で記述することができる。すなわち両者は「多様性の統一」である。しかし、両者の場合には強調する点に差異がある。言語と科学は現実の簡略化であるが、芸術は現実の強化(intensify)である。 (Cassirer [1949])

象徴的懐胎

 この秩序の機能において、芸術という象徴形式は、原初的世界認識であるところの神話や、理論的世界認識であるところの科学と、相互に従属するものではなく相互に並立するものとして実現する。また、芸術は単に他の精神科学から区別されるだけではなく、それらと関わりあうものでもある。カッシーラーは、象徴形式における現象は主観的な体験のうちに捉えられる現象ではあるものの、秩序という形式の相互作用にあっては、個別のものについて、再現前化(表示)において全体の印象が志向されるような在り方が起こっていることを「象徴的懐胎」と呼び、この現象学的な理解から、諸象徴形式それぞれの差異が抽象の差異ではあっても、単なる捨象や省略の差異ではないことを強調する。現象における素材は、単なる客観ではなく、ある象徴形式の関係性を形成しつつ性格づけられるのであるから、レッシングが『ラオコーン』で論じたような、記号としての素材による単純な区別も生じない。

カッシーラーの芸術論の継承と展開

 美についての主観主義を客観に投影する「多様性の統一」をカント以後の認識論によって基礎付けたカッシーラーの象徴理論は、「象徴的懐胎」の概念に注目したメルロ=ポンティなど、美学に対するさまざまな取り組みに影響を与えた。

 後年カッシーラーが帰化したアメリカでは、カッシーラーの学説はパースにはじまる記号論(semiotics)の流れと結びつく。ランガー(1895-1985年)はカッシーラーの象徴理論における「象徴を操るもの」としての人間像を受け継ぎ、特に生としての人間感情に注目して、芸術は人間の感情を象徴化したものであるとした。ランガーはこの理論を音楽に適用するなかで、カッシーラーを引用して次のように述べている。

「内容がシンボルと対象とに鋭く区分されないで、両者が全く未分化のままに融合して合一する傾向のあることは、神話的な意識に限らず、言語的思考の最初の素朴な無反省な表現にとって典型的である。」……音楽は内面生活のわれわれの神話であり、若々しく生気に充ち、意味豊かな神話であり、それが生命を吹き込まれたのは最近のことであり、いまもなお「生育期的」成長をとげているのである。 (Langer [1941], §8)

 ランガーは『シンボルの哲学(Philosophy in a New Key)』において、「認識論のみ」が「使い古された哲学的遺産の中で残っている全部である」とも書いている。カッシーラーは、カント以後の認識論の正統な継承のもとに認識における象徴形式を見出すことで、認識という人間の多様な精神科学の根源に芸術という形式もまた見出したといえる。

参考文献

  1. ヒューム,D 田中敏弘訳(2011)『道徳・政治・文学論集』
  2. プロティノス 水地宗明・田之頭安彦訳(1986)『プロティノス全集〈第1巻〉』
  3. ランガー,S.K 矢野萬里訳(1960)『シンボルの哲学』
  4. カッシーラー,E 木田元訳(1994)『シンボル形式の哲学(三)』
  5. カッシーラー,E 宮城音弥訳(1997)『人間』
  6. カッシーラー,E 篠木芳夫訳(1999)『シンボル・技術・言語』